「お待たせいたしました！」と、くしろCOTOライター（おいかわ よしのり）に焼きたてのピザを差し出したその男性は、はにかんだほほ笑みが印象的な方でした。
藤倉 保雄さん
男性の名は、”ヤス”こと藤倉 保雄さん（59歳）。今年8月からキッチンカー・capriccio(カプリッチョ)を相棒に、釧路市内のスーパーマーケットの駐車場を巡回しながら、焼きたての手作りピザを販売しています。
キッチンカーのオーナーとしては、デビューしたての新人ですが、実は藤倉さんは40年近いキャリアを誇る、大ベテランの料理人。20代から40代前半まではホテルニューオータニ札幌（現・ニューオータニイン札幌）の調理部洋食科で、フランス料理を中心に研鑽を重ね、故郷の釧路へ戻ってからも、ウッディホテル＆レストラン夢工房や、レストラン泉屋などで、料理の腕を振るってきました。
カプリッチョとはイタリア語で、気まぐれという意味だそうですが、自身のことを「気まぐれ」と称する藤倉さん。トレーラーハウスで各地を放浪しながら、ドラマ『北の国から』の主人公・黒板五郎のように、自然の中で暮らしたいという夢を抱き続けてきました。
夢の実現を模索する中で、調理師としての自分の腕を生かしながら、各地を渡り歩けるキッチンカーに着目。釧路でも、既に複数のキッチンカーが活躍していることを知り、長年の憧れを現実のカタチにしたいと、60歳手前での独立開業に踏み切ったのです。
現在、カプリッチョが販売しているのは、十八番のミートソースピザや、フレンチ仕込みのクリームソースピザ、そして名刺代わりの自信作・トマトソースピザの三種類（いずれも、SサイズとMサイズの二つを提供）。全てお手製のソースを使用しています。
『新イタリア料理の父』と称され、イタリアのレストランで初めてミシュランガイドの三ツ星を獲得した、故グアルティエロ・マルケージ氏が、東京のホテルニューオータニで、自身の料理フェアを開くために来日したことがあります。当時東京へ派遣されていた藤倉さんも、マルケージ氏直伝のレシピを習得し、ホテルニューオータニ札幌でイタリアンフェアを開催。
「素朴でシンプルだけど、とても美味しい」と自身が魅せられた、マルケージ氏秘伝のトマトソースを、リーズナブルな価格で広く味わってもらおうと、トマトソースピザは少しお安く価格設定しています（Sサイズ700円、Mサイズ1100円。その他の二種はSサイズ800円、Mサイズ1200円）。
「老若男女に愛される食べ物だから」と、ピザで勝負することを選んだ藤倉さんは、提供するピザ生地のバリエーションにもこだわり、生地が薄くパリパリした『ローマ風』と、生地が厚くモチモチした『ナポリ風』の二つの生地を、お客さま自身が選べるようにご用意しました。
藤倉さんがお客さまに提供している、手作りのピザ生地は、冷蔵庫の中で12時間かけて低温発酵させたものを、販売前日に丸く成形し、更に二次発酵させています。「じっくり時間をかけてやると、ピザ生地は旨味が出て美味しくなるんですよ」と藤倉さん。
レストラン時代は、蛇口をひねると当然のように水が出てきて、シンクの排水口から当然のように水が流れていくという、見慣れた当たり前の光景が、いざキッチンカーを始めてみると、使用する大量の水を自分自身で給水タンクに入れ、排水タンクにたまった廃水も自分自身で捨てなければならず、その大変さを「甘く見ていました」と、苦笑いを浮かべます。
一方で、鳥取大通沿いのスーパーマーケット前で営業した際、一週間に三回足を運んで、ピザを買ってくれた三十代の男性客が、トマトソースのピザを気に入り、リピ買いしてくれたエピソードを、くしろCOTOライターに照れくさそうに紹介し、お客さまと交わすちょっとした雑談の楽しさを語ってくれました。
現在、釧路市内のアークスグループのスーパーマーケットを、主に巡回している藤倉さんですが、今月3日（日）に自身初となるイベント出店を控えています。釧路町別保公園で開かれる、フリーマーケットなどのイベント『みはるんるん♪』です。
初のイベント出店の抱負を尋ねると、百戦錬磨のプロの料理人らしく、「お客さまにご提供するピザのクオリティを保ちたいので、平常心で臨みます」と、落ち着いた冷静な答えが返って来たのが、なんとも頼もしく感じられました。
そんな藤倉さんの次なる目標は、美しい世界三大夕日が見える幣舞橋のたもとや、その近くの釧路川リバーサイドに出店すること。「釧路は出店場所が少ないように感じます。もっと釧路にキッチンカーが増えて、街中に賑わいを作れたら楽しいじゃないですか」と、キッチンカー超しに眺めた今の釧路の、活気の衰退も気にかけます。
真っ赤なキッチンカーを愛車のトヨタ ライズで牽引し、自由を愛する無口な風来坊の、手作りピザをお供にした、気ままな一人旅は、今まさに始まったばかりです！！
